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もう2日前のことになるのだけれど、Eテレの「クラシック音楽館」で指揮 / パーヴォ・ヤルヴィ、ピアノ、デニス・マツーエフでN響定期の録画を観た(聴いた)。渾身の演奏を聴くのは、実は大変なことで、まだまだ聴けたという気がしていないのだけれど、マツーエフが全身全霊を傾けて挑んでいることが分かる演奏なので、ついつい聴いてしまう。
非常に残念なことに少なからぬミスタッチがあり、中でもゆったりとした重要な旋律の第2音を盛大に間違えていたりするのだけれど、そんなことはどうでも良いというような自信にあふれる演奏なのだ。
いま、別のピアニストが弾くスカルラッティのソナタも聴きこんでいて、2人とも全く異なる演奏なので、交互に聴くと常に耳がリフレッシュされる気もする。
マツーエフに戻って、彼が番組冒頭で語ったことは、30年前から弾きたかった曲であったこと、ようやく今、プロコフィエフの第2番と特別な関係になれたこと、そして、この曲がプロコフィエフの最高傑作であると思っていることだった。
ようやく時代と人々の耳がプロコフィエフに追いついてきたという感じがする。
プログラムの2曲目に、パーヴォ・ヤルヴィはラフマニノフの交響曲第3番を置いた。交響曲第2番に比べると演奏の機会が非常に少ない曲で、これはプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番と同じだと言える(ただし、こちらは、この10年くらいの間に知名度をぐんぐん上げている)。
ラフマニノフの、この交響曲も将来的には第2番と並ぶ名曲と認識されるようになるかも知れない。少なくともパーヴォ・ヤルヴィは、そう思っているようだった。
マーラーだって1970年代になるまで、ほとんど演奏されることはなかった。
預金通帳がATMに認識されなくなってしまったので、銀行まで行ったら、隣にあった書店ビルがなくなっていた。
数年前に2階以上を閉鎖したことは知っていたけれど、書店経営は厳しいものなのだろう。
実は、小学生の頃、ここにあった書店でマンガの立ち読みをしていたら、店内にモーツァルトのK545が流れてきて、その美しさに衝撃を受けて音楽に目覚めたという経験をした場所なのだ。もちろん、当時は作曲者も曲名を知らなかったのだけれど、絶対忘れないようにしようと、第一主題を繰り返し歌っていたのだった。
しばし、感傷にひたってから、となりの銀行に向かったのだった。
快晴。素晴らしい空気。こんな日に部屋の中にいたらバチがあたりそうだ。
ここからは水汲みのときの画像。秋色深まるという感じ。
水汲みの帰路、芦原橋を過ぎたあたりでBW号9200km通過。
これは帰宅時に駐輪場で。気温28.2度。ちょっと暑い。モリアキ翁97歳の昼食は13時ちょうど。急がねば。