野村茎一作曲工房日記2

作曲家の野村茎一が日々の出来事を綴ります

8月20日(月)

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 今日は千葉県館山市から麻紀先生来宅。今年はじめのレッスンは私の発熱でドタキャンしてしまったので、久しぶりの再会。

 長女の “あやか” ちゃん2歳も一緒だったのだけれど、レッスン中のほとんどを爆睡。超いい子だった。

 レッスン予約がかなり直前だったので、昨日は滅多にないほどの気合でプログラムを組んだ。

 今度どなたかが麻紀先生にお会いしたら8月20日のレッスンはどうだったかと尋ねてみてほしい。きっと「素晴らしかった」と答えてくれるに違いない(勝手な思い込みです。TEDには全然かなわない)。しかし、レッスンにもインスピレーションが必要なのは本当。しかも、インスピレーションにはレディネスが欠かせない。死ぬまで学びつづけなければ。

 

 さて、今日は中山千夏著「電車で40分」(1973年初版)が届いた。四半世紀くらい前に誰かに貸したまま戻ってこなかったのだが、アマゾンのマーケットプレイスで偶然見つけて注文。

 1973年というと高校3年生で、こともあろうに絵本を熱心に集め始めた頃だ。いわゆる“児童文学”というものには興味がなかったのだが、絵本には時としてぶっ飛んだものがあり、それを探すのが楽しみだった。

 電車で40分は絵本ではないが、テレビのお話の時間のようなところでの朗読を聞いて、そのセンス・オブ・ワンダーで、かつアンニュイな世界に一気に引きこまれた。中山千夏さんは後に参議院議員だもんなあ。すごい時代もあったものだ。

 この本の中にカエルのツトムが作曲した「スイレンの葉の上で」や「ザリガニ池の雨」という曲が出てきて(楽譜はないから、代わりに作曲した)、それをウラノメトリアに入れたかったのだけれど、世界観が違うと思ってやめている(でもやってしまうかも)。

 以前も書いたかも知れないが、お薦め絵本は「くいしんぼうの青虫くん」(慎ひろし/前川欣三。1975年、福音館書店刊)と「ごろごろにゃーん」(長新太。1976年、福音館書店刊)。まだあるけれど、今日はこの2冊の気分だ。

「くいしんぼうの青虫くん」は幼年期に読んだらトラウマを残しそうなストーリー。その証拠に、簡易な製本による「子どものとも」のシリーズとして配本されたまま、本格的な製本で刊行されたのは25年後の2000年だった。おそらく、この本を嫌う親たちからの反対があったのだろう。ところが25年も経つと当時の親たちはこの絵本に関心がなくなり、読んでしまって夜も眠れなくなってしまった当時の子どもたちはどうしても忘れられなくて再出版を望んだに違いない。ネタバレするからストーリーには触れないけれど、ヘミングウェイ泉鏡花にも負けないほど強い印象を残す絵本だった。

 対して「ごろごろにゃーん」は不条理もののような、ファンタジーのような、哲学書のような、こちらも超フシギな絵本。ベートーヴェンには挑む気もするが長新太氏には敵う気がしない。この絵本を読んでしまったら絵本作家になろうという気は失せるかも知れない(絵本作家志望じゃなくてよかった、本気)。

 当時は、こういう絵本をカミユや筒井康隆などと交互に読んでいたのだから、なんだかデタラメな時代だった。

 

 我が家のお宝絵本は政岡謙三という人による人形絵本「しんでれら」(雑誌「幼稚園」の付録か?)。奥深くしまい込まれていて詳細は不明(まだ無事にあるのだろうか?)。もう2度と作れないのではないかと思うような写真絵本。現存数も非常に少ないのではないかと思う。

 

>今日の気持玉

・4β_蝿座 <面白い>1