野村茎一作曲工房日記2

作曲家の野村茎一が日々の出来事を綴ります

5月11日(金)

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 昨日水汲みに行けなかったので純水が残り少なく、朝食後すぐに買い物を兼ねてスーパーへ。

 この頃から、頭の中で「こきりこ節」が鳴り始めた。実は「こきりこ節」をよく知らないので、自分で勝手に作り替えて歌っていたのだと思う。

 今日は生鮮食料品売り場を歩いて食材を眺めただけで次々とレシピが浮かぶほど脳が活動的だったから、さっさと夕食のメニューを決めて帰宅。ネット上で「こきりこ節」の楽譜を探した。

 いくつか見つかったのだけれど、そのどれもが同じものではなかった。演奏動画で確かめると、装飾音やリズム、あるいは4部音符ひとつで表現する人と8分音符2つで表現する人などがいて納得。「 “富める人とラザロ” の5つの異版」のようなものだ。

 というわけで、自分で勝手に作り上げた(部分があるかも知れない)「なんちゃって “こきりこ節” 」でいくことに決めた。

 日本の伝統音楽とは何か、という問いは非常に奥が深い。

 来歴が明らかで最も古い音楽が雅楽だが、これは古くは古墳時代頃に大陸からもたらされたもので日本古来のものではない。つまり最初から伝来ものでスタートしたのが日本の音楽なのかも知れないのだ。

 実際には一般庶民が雅楽を聴く機会などほとんどなかったはずで、日本語のイントネーションから作業歌などが自然発生したはずだ。

 三味線も尺八も、もともとは、西洋音楽における意味での和声という考え方が弱く、合奏中に偶発的になる和音を除けば、和声機能を持たせようという意識はなかったと考えてよいだろう。

 日本に西洋音楽が入ってきた頃、その方法論を真似て音階(旋法)の構成音を使っての和声づけが試みられ、それは今でも続いている。しかし、成功例は、もっと独自な流儀で行なわれてきた。外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」などは、それにあたる。

 重要なことは国境を超えて理解されることだ。バルトークは、それを、あの極めて独特なマジャール音楽でやってのけた。

 分かりやすく言うと、踊りを含めたトータルな意味でのサンバは、広く日本に受け入れられていると言ってよいだろう。しかし、サンバのCDが広く聴かれているとは思えない。ジョアン・ジルベルトアントニオ・カルロス・ジョビンボサ・ノヴァとして演奏するようになって、初めて国境を超えたのだった。ボサ・ノヴァは、決して海外に迎合しようとして作られたわけではない。

 おっと、ここで海外などいう島国ゆえの言葉を使ってしまった。陸続きの大陸では、どのように国境線が引かれるのか、多民族国家とはいったいなんなのかという問題も引きずってしまうのがNational Musicなのだ。

 ヴォーン=ウィリアムズは、その著書である「国民音楽論(実際には民族音楽論と訳されている)」に、作曲家が他国に留学する意味はないという内容の文章を書いている。

 イギリス人の彼がラヴェルに弟子入りしてしまったのだ。ヴォーン=ウィリアムズ自身は、自分がラヴェルの弟子であったことを一言も言っていないし、書いていない。しかし、師のラヴェルがヴォーン=ウィリアムズについてのインタビューに答えてしまった。

「彼は、私の真似をしなかった唯一の弟子だ」

 ヴォーン=ウィリアムズはラヴェルが嫌いだったわけではない。留学してすぐに気づいたのだ。演奏家が留学するのとは全く意味が違うということに。

 日本人でも、黛敏郎はパリに留学して間もなく矢代秋雄に「日本に帰ろう」と忠告している。実際、1年足らずで帰国している。

 日本の音楽を理論で語ることはできないけれども、すぐれた作曲家たちは肌で感じていることだろう。

 黛敏郎の「曼荼羅交響曲」に、若いころにハマったのだけれど、ひょんなことから最近、またよく聴く機会があった。彼は、日本の作曲家たらんとした重要な作曲家のひとりだ。

 日本の音楽を追究したように見えて、その実、表面的なところだけが日本的という作曲家は少なくないと私自身は考えている。

 では、私はどうなのかというと、日本人フィルターのようなものを持っていると感じている。和声的には倍音を基本とした響きを中心に据えている。痩せた響きは大嫌いだ。豊かな響きは、分厚い響きとは違う。世界共通のセンスであり、少なくともそのことで文化的な特質を表そうとするのは無理がある。現れるのは作曲家自身の資質だけだ。

 長くなってしまった。続きは音楽コラムにでもまとめるかも知れない。

 1β刊行によって「ウラノメトリア1α」と呼ばれるようになる楽譜に収められている「たこたこあがれ」や「夕べの祈り」(どちらも強いて言うならメロディーは陽旋法)が、その答えの例。メロディーの基となった旋法の構成音にこだわらず12の音のどれでも使って最善の姿を目指す。

 「1β_こきりこ」は、第1版だから、音源だけでも発表するのはフライングなのだが、今日は快調だったから今後の修正も少ないに違いない。

 

 ・「1β_こきりこ」試聴ページへのリンク